『I saw the Light』 〜三工光学〜

『I saw the Light』 〜三工光学〜

この仕事につくまで両眼の視力は2.0に近かった。
現在の仕事環境からは想像もつかないが、その昔、グラフィックデザイナーの三種の神器はカッターと三角定規とピンセットだった。上がってきた写植にペーパーセメントを塗り、道具を駆使しながら版下を仕上げていく。

白い台紙上のハイコントラストな状況下、棟方志功ばりの至近距離で微調整していくその作業は、目に多大な負荷がかかり、あっという間に視力が低下、就職して2年めでメガネのお世話になる羽目になった。眼鏡をかけたデザイナーが多いのは、目を酷使する仕事でもあるからだ。

以前、Fというブランドの眼鏡を愛用していた。縁があって広告の仕事に携わっていたからだ。ある日、Fから、周年記念のメモリアル写真集を出すのでモデルになってくれないかと誘われたことがあった。もちろん固辞したが、著名人を含めた顧客のポートレート写真集で、頭数を揃える要員ということだったので渋々カメラの前に立った。

出来上がった写真集を見て驚いた。自分が表紙を飾っているではないか。正確に言えば、眼鏡をかけた目の部分の極端なトリミング写真だったが、その見覚えのある目は明らかに自分のものだった。「眼光が挑戦的だったので」というのが選ばれた理由らしいが、積極的に臨んでない撮影が“早く終わらないかな”の視線だったと思う。

そんなこともあり、Fのデザイナー兼社長さんと話をする機会が増えた。「眼鏡はまず視力補正器具であるべき」「かけ心地のこだわり」「素材のあくなき追求」等々。眼鏡をめぐるさまざまな会話の中で頻繁に聞かされ、記憶に刷り込まれた地名があった。福井県鯖江(さばえ)市のことだ。

現在、イタリア、中国、日本が世界の三大メガネ生産地といわれている。デザイン性に優れ、ブランド力が高いイタリア。大量生産かつ低価格で世界シェアを伸ばす中国。世界トップクラスの技術力と加工力を誇る日本。街中でみかける安価なメガネショップのフレームはそのほとんどが中国製である。

鯖江市は、日本の眼鏡フレーム生産の約96%、世界でも約20%のシェアを誇っている眼鏡産業の街だ。1905年、雪深く農業だけの地元の暮らしを向上させるため「国産めがねの祖」と呼ばれた増永五左衛門さんが、大阪からめがね職人を招き、農家の副業として眼鏡作りを始めたというのがそもそもらしい。

農家ならではの手作業や知恵を生かしながら生産を始め、次第にパーツ専門の製造者が増えていき、結果、鯖江のまち全体が、ひとつの大きな工場としてめがねづくりを行うまでなったという。今でも材料、ネジ、蝶番、鼻パッド、溶接、メッキ加工など300社近くの工場があると聞く。街のキャッチフレーズは「めがねのまちさばえ」。

100年以上にわたって培ってきたメガネ作りの技術と品質は世界最高峰と称され、有名なメガネブランドやラグジュアリーブランドがパートナーとして鯖江を指名してくる。
Fの社長からも「うちの商品は鯖江があればこそ」と聞かされていた。

眼鏡フレームメーカーのアートディレクションをお願いできないか?
旧知のコピーライター加藤さんから打診があった。7~8年前から鯖江にある福井県眼鏡協会とつながりがあり、コミュニケーションのお手伝いをしてきたという。行き来するなかで出会った老舗眼鏡フレームメーカーから、今年100周年を迎えるのにあたって何か作れないかと相談があったらしい。その会社が三工光学だった。

三工光学は1923年に創業。鯖江でもっとも長い歴史をもつ会社の一つで、昭和天皇に眼鏡を献上したメーカーでもあるという。創業当時から革新的なアイデアや丁寧なモノづくりに定評があり、鯖江のなかでも一目置かれている会社だと。何より、FのフレームもOEMで製造していると聞いてそのご縁に驚いた。いろいろ繋がっているのだな。

100周年のツールは、まずは、お世話になった関係者やユーザーにむけた冊子を作ることにした。これまでのご愛顧に対する感謝状であり、これからも情熱と技術力を持って革新的な商品を作り続けるという宣誓書でもある。

商品撮影では、数十本のフレームの中からシンボルとなりえるモノを絞り込み、眼鏡職人になったつもりで、極めてマニアックな視点でプロダクトカットに挑んだ。三工光学の技術力と先進性、そして丁寧なモノづくりが伝わるものにしたかったからだ。

大量生産低価格商品に抗うためには、ブランドの持てる価値を見極め、モノづくり同様に丁寧に表現し、届けたい人にしっかりと伝わる手段でアプローチしていくしかない。

鯖江の眼鏡産業は、バブル経済崩壊による需要・輸出の減少や、安価な中国製品の急増で低迷状態に陥いり、20年間でほぼ半分の規模に縮小してしまったらしい。鯖江に限らず、日本全国の伝統産業に共通する話だ。
日いづる国は斜陽の一途だ。再び光を取り戻すことができるのだろうか?
モニター上のデザインに視力を削りながら、そんな想いを片隅に抱く。

三工光学100周年パンフレット

DUN-2157/チタンとアセテートリムの異素材フレーム。

DUN-2146/側頭部で包むフレームタイプの元祖。

DUN-LC012/チタン・ゴムメタル・カーボンの緻密な融合。

DUN-2102/跳ね上げ特許機構「Flip-up Frame」。

CD・C/KATOH ASAJI
AD/HIDAKA EIKI
D/MIURA YUKA
P/AOKI MICHINORI
Top Image/©︎ Four nines tribe! (1999)