『人と創造力をつなぐ』 〜PILOT〜

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『人と創造力をつなぐ』 〜PILOT〜

幼少の時から描くことばかりをやってきた。
紙、壁、地面、スペースがあれば手あたり次第何かを描いていたらしい。

学校に入学してその習性は加速し、主に教科書が犠牲となった。
特に歴史の教科書が恰好のキャンバスで、すべての偉人のポートレートになんらかの加工が施され、元の面影が判別つかないほど魔改造された。ページの右上はパラパラ漫画のスペースだ。薄い紙の分厚い教科書はパラパラめくるのに適していた。

今でもそのラクガキ癖は治らず、ペンを持つと何かを描きはじめる。つまらない長電話や会議の時が顕著だ。聞いているフリをしながら無意識に手が動き、話が終わると作品が出来上がっている。たまに見つかることもあるが、さも関連するスケッチのように振る舞いごまかしたりする。

おかげで身についた「思いついたことを描いて表現する」というプチスキルは今の仕事に役立っている。うまいへたは関係ない。伝わるかどうかが重要だ。
膠着した打ち合わせやプレゼンの現場で、閃いた解決案をその場で絵に描いて提示し、窮地を脱したことが幾度となくあった。

そんな人生であったため、筆記用具はいつも身近にあった。
プロとなった今、ペンならなんでもいいというわけではない。料理人や大工、スポーツ選手が道具にこだわるように、自分にフィットするペンを探し求めて文房具店に足蹴く通い、ようやく理想のペンに辿りつくことができた。

PILOTの『フリクション』は画期的なペンだった。“消せるボールペン”なのである。
従来のボールペンでは書き損じた時消すことができない。濃い線を好むので、鉛筆だと薄すぎるし消しカス掃除がめんどくさい。描きながら思案する者にとって、濃くてイージーに消せるペンは仕事の必需品となった。

消せる原理は、温度変化により色が変わるインクを使用し、ペンについているラバーで擦ることによる摩擦熱で無色にする、という理屈らしいが、初めて使った時は感動するしかなかった。

インクの開発は、どんな環境でも半永久的に色を残そうとしてきた歴史だったと想像する。そんななか“消せるインクを作ろう“という発想は型破りというしかない。しかし、だからこそ画期的であり、今までなかった商品を生み出すことができたのだろう。
開発に30年もの年月を要したフリクションは世界中でヒットし、累計売り上げ本数は30億本を超えると聞く。

2018年、筆記具メーカーPILOTが創立100周年を迎える。ついてはそのタイミングで発刊する社内向けブランドブックの制作を手伝ってもらえないか?PILOTの広告制作にながらく携わってきた広告代理店のクリエィティブチームからオファーがあった。

PILOTのクリエィティブ表現は、同業として一目置いていた。
『書く、を支える。』というブランドスローガンのもと展開されていた新聞広告は、その想いが端正に表現され読ませるチカラがあった。何より言葉がすべて書き文字なのがいい。書き文字が必然である広告はそうない。

周年本というのは重厚長大になりがちだ。特に100周年ともなれば、その歴史を記すだけでかなりのページを要する。結果ハードカバーの分厚いものとなり、一度目を通したらそのまま本棚で埃をかぶるはめになる。

日用品である筆記具メーカーのブランドブックは、ハンディサイズで、軽くて、親しみやすいものがふさわしいと考えた。
伝えたいメッセージをシンプルにまとめ、イラストや画像をふんだんに使用する、遊びごころ満載の本を提案した。

6人のイラストレーターに声をかけた。PILOTから提供いただいた数百点の商品の中から好きな画材をチョイスしてもらい、それで描いてもらうという特殊発注。おかげで当時の弊社はさながら文房具店の様相だった。
イラストレーターの面々は戸惑いながらも楽しんで画材をセレクトし、仕上がった作品はすべて満足の出来だった。

イラストレーターだけではない。『書く、を支える。』をテーマにしたブランドブックだ、本の文字全てを手書きで表現することにした。一度フォントで組んだ文字を拡大し、一文字一文字を丁寧に手書きでトレースしスキャン、データ化してレイアウトに反映する。出来上がりを見て手書きと気づいた社員さんはいなかったと思う。
こんなこだわりに意味があるのか? ある、と信ずる。



2022年、PILOTは新しいブランドパーパスを発表した。

『人と創造力をつなぐ。』
伝える、考える、学ぶ、遊ぶ、生みだす人を、支えよう。
独自の技術とアイデアで、人の創造する力を自由に拡げよう。
一人ひとりの人生に、知的な喜びと、文化的な体験を届けよう。

これまでどおり、世界中の書く、を支えながら、書く、以外の領域でも人と社会・文化の支えとなっていく。という宣言だ。

久しぶりに代理店のクリエィティブチームから連絡がきた。
新パーパスの発表にともない、社内にそれを周知啓蒙するためにパーパスブックを作ることになった。ついては制作に参加してもらえないか?以前制作したブランドブックの評判が良かったとのことで、再びお声がけいただいた。断るわけがない。

「人と創造力をつなぐ。」という新パーパスを、社員の行動につなげるためのガイドブックというコンセプトと構成は出来上がっており、それをカタチにしてほしいという依頼だった。

創造力を刺激し、そして使ってもらえる本でありたいと考えた。
「人と創造力をつなぐ」ためには、社員自らがより創造力を発揮しなければならない。
わかりやすいテキストと自由で楽しいイラストを配して、ページをめくるのがワクワクするような、創造力をかき立てる本にしたいと提案し快諾いただいた。

この本は、思いついたことを気軽に記せるノート兼用ブックとした。
タイトルは『Your Purpose Notebook』。
「どんどん書いて使ってほしい」というメッセージを込めて、表紙にフリクションをセットできるペンホルダーを取り付けた。

書く、を支え、人と創造力をつなぐ。
このブックのアイデアとデザインは、フリクションから生まれた。
 
 

全ページに配したイラストは、作品を見て一目惚れした小笠原徹さんにお願いした。独創的でポップな作風であり、「何これ?」という程よい抽象感が「創造力を刺激する」という狙いに合致すると推薦した。明るく楽しく自由奔放、まったくもって素晴らしい。 Photographs by Michinori Aoki



[PILOT Brand Book]
CD,C / Akihisa Gotoh [dentsu]
CD,AD / Yusuke Akiba [dentsu]
AD / Eiki Hidaka
D / Hiroki Taguchi, Haruka Shinagawa
I / Ichio Otsuka, hiroko, Etsuo Watanabe, Kenji Asazuma,
Yuichirou Yanamanaka, Seikei Kubota, Taruto Aoyama, Yuka Kurihara

[Your Purpose Notebook]
CD,C / Akihisa Gotoh [dentsu]
CD,AD / Yusuke Akiba [dentsu]
AD / Eiki Hidaka
D / Yuji Ishibashi
I / Thoru Ogasawara